未来へ
第二話 学校-1
| その日は、にぎわっていた。 「あ、おはよう、亜樹」 集まって話していた女子生徒の一人が、入ってきた背の高い女子生徒に話しかける。 「…おはよう」 少女は無表情に答える。 「今日のこと、知ってる?」 言いたくてたまらないといった表情だ。 「…ロボットが来るっていう話?」 亜樹は少し面倒くさそうに答えた。 「うん」 「あたし、ロボット好きじゃないの」 ぶっきらぼうに答える。 「あ、そう…」 その女生徒はつまらなそうに離れて行った。 ![]() unziさんに頂きました 「ふう…」 隣の席を見やる。 彼女の隣の席はあいていて、すでにそのロボットの席となることが決まっていたのだった。 その顔からは感情が読み取れない。 しばらくぼんやりと過ごす。 「一時間目何だっけ?」 「数学Aだろ」 クラスメートの声が響く。 とりあえず、ロボットの話題は終わって、いつもの日常が始まったようだった。 そのうちに、不意に周りが騒がしくなった。 どうやらホームルームが始まるようだ。 「では、出席をとります」 出席をとる、と言っても、ただ、座っていない席をチェックするだけだ。 「ハイ、全員出席と」 簡単に終わらせ、教師は教壇に上る。 「えー、知っている人もいると思いますが、今日、テスト入学として、メイドロボットが来ます。だからといって、こき使ったりしないように。最新型なんですからね。今日は二時間目か三時間目に来ると思います」 教師は業務的な口調で連絡事項を伝える。 ホームルームは滞りなく終わった。 「そのロボットって、どんなやつなの?」 「HMX−14だよ」 「んなこと言われても、わかんねえよ。機械マニアじゃねえんだし」 「セリオって知ってるか?」 「ああ、あの髪の長い…」 「あれが13型だからさ、たぶんあれの後継機じゃないかな」 「すげえの?」 「13型はすごかったけど…正直、高すぎる」 「ってお前、買ったのかよ」 「んなわけねえだろ。うちの家計じゃ12型も無理だぜ」 「でも12型って性能は…」 「13型には遠く及ばないな。だから、今度の14型は12型より高機能で、13型より低価格なのを目指すんじゃないかな…」 「でもさあ…」 いつのまにかメイドロボの話題からそれて、昨日のテレビ番組の話になっている。 「…ふう…」 亜樹はまたため息をついた。 谷川亜樹。 背が高く、端整な顔だちのこの少女は、そのクールな性格のせいか、何となく親しい友人もおらず、一人でいることが多かった。 成績優秀、容姿端麗と天に二物を与えられていたものの、いつもけだるそうな顔をしていたのだった。 …一時間目が終わり… …二時間目が終わった。 「…さてと」 休み時間、亜樹は席を立ち、職員室へと向かった。 二時間目の休み時間だ。 職員室は人も多く、にぎわっていた。 「…先生」 「ああ、すまないね」 「…いえ、学級委員ですから」 もちろん、半ば強引に推薦されたのだった。 「今、玄関にいるから、教室まで連れてってくれる?」 「はい」 「私は教室で説明してるから…お願いします」 玄関。 それなりに伝統のある学校らしく、わりと立派な玄関だ。 亜樹はあたりを見まわした。 「…誰もいないじゃない」 玄関はがらんとしていて、暗かった。 「………」 そのままあたりを歩き回ってみたが、結局何も見つけることは出来なかった。 (…先生に聞いてみるか) 階段への曲がり角にさしかかったとたん、 どんっ!! 何か「軽いもの」にぶつかった。 いや、正確に言えば「ひと」だ。 「わわっ!?」 亜樹のほうは少しバランスを崩しただけだったが、 相手はしりもちをついている。 「あ…ごめんなさい!」 ダメージの大きいほうがとっさに謝った。 「あ…いや、別に…」 赤い髪をした小さな少女だった。 制服を着てなければ、ここの生徒とは思えない。 「ほら」 亜樹は手を引っ張って立たせた。 「ありがとう」 その少女はにっこりと笑顔を浮かべた。 「…あれ?」 立ちあがる時、耳のところに何かがついているのが見えた。 そこで、ようやく亜樹にも話が見えてきた。 「…そうか、あんたね、今度来たメイドロボっていうのは」 ミライは一瞬、きょとん、としたが、 「うん…じゃなくて、はい、そうです!」 と元気に返事をした。 「わたし、HMX−14ミライです!谷川亜樹さん…ですか?」 「…まあね」 亜樹はぶっきらぼうに答えた。 内心は、驚いていた。 目の前にいるのは到底ロボットとは思えない、普通の女の子だったからだ。 「よろしくおねがいします!谷川さん!」 ミライは手を出して握手しようと思ったが、亜樹の言葉に遮られた。 「悪いけど」 「え?」 「谷川って呼ばれるの嫌いなの」 ミライは一瞬わからない顔をした。 「谷川って呼ばないでくれる?」 「分かった…じゃなくて、分かりました!亜樹ちゃん」 満面の笑顔でそう呼ばれ、今度は亜樹がきょとんとする番だった。 「…は?」 「え…何かおかしなこと言いました…?」 「………」 「…あの…」 「…まあ、好きに呼べば」 正直、亜樹は驚いていた。 亜樹とミライは並んで教室に向かっていた。 「亜樹ちゃんは学級委員なの…ですか?」 「…まあ」 「すごいですねー」 「別に、ただ押し付けられただけだから」 「そうなのですか?」 「あんたには関係無いでしょ」 「あ…そう、ですね」 すると、亜樹はふう、とため息をつき、 「あんた、ロボットのくせに敬語も満足に使えないの」 冷たくそう言った。 「え…」 ミライはうなだれて、一言、ゴメンナサイと言った。 「生まれた時から、ああいう言葉遣いが癖で…」 「癖?」 亜樹は鼻で笑った。 「何が癖よ。ただ『そうプログラムされている』だけじゃないの。言っとくけどね、このテスト期間だってただ雑用係押し付けられて終わりよ。ただ、それだけのために来るんなら、正直、あたしは迷惑ね。うっとうしいだけ」 前もって考えていた言葉だった。 少し愉快な気分だった。 理詰めの人間を打ち負かしたような気がした。 その反論に対する答えも用意していた。 「………」 反論は無かった。 ミライは何やら深刻そうな顔をしていた。 泣いているようにも見えたし、怒りを含んでいるようにも見えた。 「………」 長い沈黙があった。 亜樹は予想外の展開に戸惑っていた。 少し罪悪感と言ったものがあったのかもしれない。 いつも思っていた、ロボットに対する嫌悪感を口にしただけなのに…。 この子は普通のロボットとは違う、そんな気がした。 「…ごめん」 考える前に口が動いていた。 「………」 ミライは寂しそうな目で亜樹を見つめた。 「…教室、そこだから」 それだけ言うと、早歩きでミライとの距離をとった。 ひしっ。 と、急に体が前に進まなくなった。 ミライが後ろから抱きついてきたのだ。 「…え?」 亜樹は顔だけ振り返った。 不思議と振り払おうという気は起こらなかった。 ミライは言葉を紡いだ。 「…亜樹ちゃんは、ロボットが…嫌い?」 胸が痛んだ。 あまりにも正直に言われた。 そう。 ロボットが嫌いなんだ。 だから、この子に嫌なこと言ったんだ。 反論してくれば、蔑んでやるつもりだった。 「…嫌い」 できるだけ冷たく言ったつもりだった。 でも、声が震えていた。 ミライはかまわず続けた。 「わたしは、人間のみんなが大好き。わたしを作ってくれて…わたしに名前をつけてくれて…」 ミライの声は優しさを含んでいた。 「だから、わたしはもっともっと、たくさんの人を好きになりたい。そして、もっともっと、たくさんの人に好きって言って欲しい…」 語尾には涙が絡んでいた。 「だ、だから、その…」 一瞬、その声が途切れたが、 「わたし、あきらめないよ。わたしは…亜樹ちゃんを好きになりたい。わたしは…亜樹ちゃんに好きって言って欲しい。生意気な考えだと思うけど、そうしたいの」 拙い言葉だった。 何の返事にも、答えにもなっていなかった。 でも、ミライの想いだけはたくさん込められていた。 しばらく、そのまま時間が過ぎた。 ミライはゆっくりと体を離した。 涙は流れていなかった。 「…ごめんね」 ミライはうつむいて言った。 「…え?」 亜樹は頭の中がいっぱいだった。 もう一度、謝らなければならなかった。 「いきなり抱きついたりして…」 ミライは少し顔を赤らめた。 謝らないと。 亜樹の頭の中はそのことでいっぱいだった。 しかし。 次に出たのはこんな言葉だった。 「しかたないよ。それがあんたの癖なんだろ?」 ミライはきょとん、とした顔を向けたが、にっこり笑って、 「うん!」 と元気に返事をした。 穏やかな風が頬を撫でていった。 |